ラ・バラッカ劇団〜ロベルト・フラベッティとの出会い〜
ロベルト・フラベッティとの出会い
ボローニャに本拠地を置くラ・バラッカ劇団の創設者の一人であるロベルト・フラベッティと初めて出会ったのは、2008年5月アシテジ(国際児童青少年演劇協会)アデレード世界大会において、ラ・バラッカ劇団が名誉会長賞を受賞したときです。正確にいえば、出会ったというよりロベルトとお姉さんのヴァレリアを見かけただけでした。この受賞は、幼児のための演劇がヨーロッパで注目され、評価されていることを示しました。
ロベルトの仕事について、詳しく知ることができたのは、2010年7月に韓国で開催された乳児のための演劇「ベビードラマ」の国際シンポジウム(International Symposium in Babydrama Festa)での彼の発表とワークショップでした。
最初、ロベルトの人懐こい笑顔と気さくな雰囲気と、手と顔の表情豊かな表現に惹きつけられました。しかし、国際シンポジウムにおける彼の緻密で哲学的な発表、ワークショップにおける論理的で参加者の集中力を引き出すファシリテーションから、彼の感性と知性と哲学の融合に感嘆しました。そのとき、彼の外面の表れと、内面に秘められている深い思索とのギャップに驚き、もっと彼について知りたいと思いました。幸運にも帰国するときに仁川国際空港までロベルトと一緒のリムジン・バスに乗り合わせたので、ゆっくりと話をすることができました。そのとき、ボローニャで毎年開催されている乳幼児のための文化と演劇国際フェスティバルに来るように誘われました。
乳幼児のための文化と演劇国際フェスティバルに参加して
イタリアは、20歳の時に訪問して大好きと思ったのに、なぜかそれ以来行っていませんでしたので、ぜひフェスティバルを実際に見てみたいと思いました。そして、2013年2月にロベルトが芸術監督をしている第9回「乳幼児のための文化と演劇国際フェスティバル:未来のヴィジョン、演劇のヴィジョン・・・」に参加しました。EUを中心に世界中から乳幼児のための演劇に関心のある俳優、演出家、脚本家、教育者、実践家などが、ボローニャにあるラ・バラッカの劇場に集まりました。
一つの建物の中で完結しているフェスティバル
一日中、乳幼児のための演劇作品を観たり、実験的な作品の制作過程を観たり、ワークショップやセミナーに参加したり、会議で討議したり、カフェで談笑したりして、劇場内で過ごしていました。通常の国際児童演劇フェスティバルは、市内に会場が点在し、参加者たちは市内をあちこち動き回らなければなりません。しかし、このフェスティバルは、全て一つの建物の中で完結していました。
ランチも劇場のカフェで食べることができるようになっていました。参加者は一日中劇場をうろうろし、ランチを食べながら初対面の人たちと談笑し、カフェで乳幼児のための演劇に関心のある人たちが新たに出会えるようになっていました。ある意味、乳幼児のための演劇に関わる人たちを劇場内に閉じ込め、新たなプロジェクトが自然に生み出されるように仕組まれていました。コーヒーを飲みながら、ワインを飲みながら、新しいプロジェクトや新たなネットワークが作られていました。
芸術監督としてのロベルトの手腕
この体験を通して、芸術監督としてのロベルトの手腕を垣間見た気がしました。彼のすごさは、あたかも自然発生的に新たなことが始まるようにフェスティバル全体を組み立てていることです。そして、ラ・バラッカ劇団のメンバーは、理念を共有し、具体的に各自が自律的に行動していました。ロベルトは、医学生だったころ4人の友だちと劇団をはじめて、医者ではなく、俳優/演出家になることを選択しました。同様にロベルトの姉のヴァレリアも、医者を辞めて俳優と演出家になりました。彼になぜそのような選択をしたのか聞いてみたら、「昔から、子どもたちと一緒の仕事をしたかったし、おもしろかったから」と言っていました。
そんなことを話していると、2歳くらいの女の子がロベルトににじり寄りながら、ペタッと彼の膝の上に頭を乗せて安心しきった様子でくつろいでいました。この女の子は、彼が子どもを尊重し大好きであることを察知しているようでした。彼の子どもとのやりとりの自然さは、俳優として舞台に立っているときも同様でした。ロベルトは、観客の子どもたちと話をしているうちに、徐々に彼らをお話の世界に招き入れていました。
「子どもたちを劇場に歓待する」ということ
とても印象的だった場面があります。雪の降っているときに劇場の向かい側から子どもたちが横断歩道を渡ってくると、ロベルトは猛ダッシュで劇場の玄関から子どもたちのいるところまで駆け出し、子どもたちを迎い入れました。ロベルトのその姿にわたしは、こうやって子どもたちが大事にされていることを伝えている、と感動しました。そのことをロベルトに伝えると、「だって、ゆりが見ているの知っていたから」と茶目っ気たっぷりに応えていました。
子どもたちを劇場に歓待している、ということをフェスティバルに参加している人たちに行動を通して伝えていました。この考えは、子どもたちが劇場に入ってきたときにも具現化されていました。子どもたちが劇場に入って来るやいなや、フェスティバルのスタッフが、ロビーにいる大人たちに子どもたちのために道を開けるように伝えます。すると、レッド・カーペットが敷かれるように、パーと子どもたちのための通路ができました。
ラ・バラッカ劇場がもう一つの居場所になっている
ロベルトはじめラ・バラッカ劇団員全員が、子どもを尊重し大事にしている、ということを理念だけでなく、実践を通して子どもたちと大人たちに伝えている、と思いました。子どもたちは、このような体験を重ねていきながら、大人たちによって大切にされている、尊重されている、ということを実感していきます。同時に大人たちもまた、子どもたちを尊重することを行為で表現する重要性を実感します。子どもたちも大人たちも体験を通して、尊重しあうことを学んでいる、と思いました。ボローニャの子どもたちにとって、家庭と学校だけでなく、ラ・バラッカ劇場がもう一つの居場所になっている、と思いました。
わたしは、乳幼児のときから劇場に来る意味の重要性をボローニャの子どもたちの様子から学びました。劇場で演劇を観ることが生活の一部になっている、アートが生活に根付いている、と思いました。ロベルトの今までの活動を考えてみることを通して、理念を持ち、共有できる仲間を増やしながら継続すれば、社会をよりよく変革していくことが可能であると信じることができるようになりました。ラ・バラッカ劇団を起点とした現在の乳幼児のための演劇の世界的な広がりのプロセスを見ながら考えました。(つづく)
こばやし・ゆりこ
東京生まれ。東京学芸大学大学教育学部幼稚園教育教員養成課程卒業・同大学院教育学研究科修了。イースタン・ミシガン大学大学院演劇学研究科子どものためのドラマ/演劇MA・MFAプログラム修了、立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程在学中。専門は、幼児教育、ドラマ/演劇教育、乳幼児・児童演劇、教員養成。20歳のときイタリアにはじめて訪問して以来イタリア文化の虜になる。現在、ラ・バラッカ劇団、イタリアの乳幼児演劇、レッジョ・エミリア市で実践されているドキュメンテーションについて調査・研究中。川村学園女子大学、東京都市大学を経て、現在、明治学院大学心理学部教育発達学科・同大学院心理学研究科教授、東京都市大学名誉教授。主著は、『ドラマ教育入門』(2010)など。