「どんな子どももマジックワールドの中で生きている」~絵本作家フィリップ・ジョルダーノ①~
絵本作家の登竜門とされるイタリア ・ボローニャ国際絵本原画展で、2010年国際イラストレーションを受賞したフィリップ・ジョルダーノさん。受賞者には絵本出版の機会が約束されるのですが、この際、フィリップさんが出版することにしたのは、日本最古の物語「かぐや姫」を題材とした”La Princesa Noche Resplandeciente”(スペインのEDICIONES SMより出版)でした。制作のための取材で、2010年に来日して以来、10年近くイタリアと日本とを行き来しながら、数多くの作品を手がけ、国際的なキャリアを積んで来られたフィリップさん。今回は、日本との出会いが自らの創作活動にどのように影響してきたのかを軸に、お話を伺いました。
ーはじめに、絵本作家を志したきっかけについて、教えていただけますか?
物心ついた頃から絵を始めて、それからずっと描き続けてきました。描くことは、自分にとってとても自然なことです。IED(ヨーロッパ・デザイン学院)を卒業する頃には、本を描くことで自分を表現していきたいと考えるようになっていました。きっかけとなったのは、ボローニャブックフェア(Bologna Children’s Book Fair)です。学校の先生が、ブックフェアに初めて連れて行ってくれたのですが、その時に、豊かな子どもの本の世界があることを知りました。とても新鮮な経験でしたね。自分も子供の本を作りたいという思いが芽生えました。
それから、私自身にとっても子供時代は特別なものでした。子供時代の記憶がたくさんあるだけでなく、それらを今でも鮮明に覚えていて、一つ一つが大切なものです。その頃に経験した感情を表現したいという思いが、子供の本に携わりたいと思ったもう一つのきっかけです。
よく絵本を通して、どんなメッセージを子供達に届けたいのかと聞かれます。ですが正直に言えば、どのようなメッセージを届けたいかということよりも、自分の心の中にあるとても親密な部分から生まれる思いを表現したい、ということが創作の大きな動機です。私にとって絵本を作ることは、自己表現そのものなんです。
ー子供時代とは、どのような時間だと思いますか?
どんな子供たちも、マジックワールドの中で生きていると思っています。そして、そうした世界には、想像上の生き物が登場しますね。
私が長年関心を寄せているテーマに「妖怪」があります。今もリサーチしていますが、日本には様々な妖怪がいますよね。でも日本の妖怪だけでなく、ヨーロッパにも妖精はいますし、ムーミンはある種の妖怪とも言えます。アジアであっても、ヨーロッパであっても、文化圏は関係なく、想像的な生き物はすべての子供たちにとって共通だと思います。
ただ、日本からの影響ということを言えば、私は宮崎駿の大ファンですが、宮崎駿が手がける作品には、動物とも人間とも言えない、妖怪のような想像的な生き物が多く登場します。5歳の時、私はテレビではじめて「風の谷のナウシカ」を見ました。この作品が当時の私に及ぼした影響については、簡単に説明することは出来ません。とにかく、非常に強い影響を受けました。日本のアニメというだけでも新鮮でしたが、ナウシカというヒロイン像は、全く新しいもので、とても衝撃的だったんです。
ナウシカは、自然と人間との世界を仲介するという意味でのヒロインでした。そうしたヒロイン像は、イタリアには当時存在しなかったと思います。私はイタリア・リグーリア州の田舎で、自然に囲まれながら子供時代を過ごしていたのですが、そうした私にとって、とても親近感の湧くヒロインだったんです。自然に親しむナウシカのように、私の周りにもまた様々な植物や動物がいて、それらをスケッチしながら多くの時間を一人で過ごしていました。
ーナウシカと、ご自身とに、共通点を見出したのですね。
日本では、人の手が入らない、自然のありのままの姿に美や喜びを見出したりしますね。野花に美を見出すような感覚です。子供時代、私は日本の生花のように、植物を使ってアレンジメントを作ったり、表現することがとても好きでした。おそらく、周りの子供たちには全く理解されていなかったと思いますね(笑)。そうした私の考え方というのは、アジアの文化と近い部分があるのではないかと思います。
時々私は、ヨーロッパの合理的で、理性的なものの見方や考え方に対してうんざりしてしまう時がありました。イタリアは、ご存知のようにルネサンス以降の素晴らしい建造物がたくさんありますが、時にそれらは重厚すぎるように感じることがあります。自然に囲まれて暮らしていた子供時代に感じた喜びを、日本の文化の様々な側面に見つけられる気がするんです。
ー日本文化にみる自然との関わりに共感されたんですね。
そうだと思います。例えば、今年日本で出版された私の絵本に、『かぜのうた』(ポリフォニープレス)という作品があります。これは、日本の四季それぞれに吹く風と、その風が奏でるオノマトペを描くという、幼児向けのプロジェクトです。この作品に関わることで、また新たな日本文化の面白さを発見できました。と言うのは、日本はオノマトペが豊富な国としても知られていますが、風の音だけとってみても、本当に多様なことを学んだからです。イタリアには、ここまでの種類はまずありませんね。オノマトペの豊かさを表現したこの作品は、私にとっては、非常に日本的な作品に感じます。この作品で描いた鯉のぼりや、風鈴なんかは、当然イタリアにありませんが、風を感じて楽しむための玩具として日本文化が作り上げたものです。日本の人々にとって、風がいかに近しく、親しみのある存在であったのかが、このプロジェクトに関わることで改めて分かりました。
ボローニャブックフェア Bologna Children’s Book Fair
イタリア・エミリアロマーニャ州のボローニャ市で毎年春に開催される児童書専門の国際見本市。見本市期間中に同会場では、児童書のイラストレーションを対象にした国際コンクール「ボローニャ国際絵本原画展」が開催され、新人作家の登竜門としても知られる。