【わたしとイタリア】料理研究家・貝谷郁子さん~「食事を楽しむ、大事にする」~

【わたしとイタリア】料理研究家・貝谷郁子さん~「食事を楽しむ、大事にする」~


料理研究家の貝谷郁子さんにお話を伺っている「わたしとイタリア」の第3回は、イタリア家庭料理の魅力について語っていただきます。食事を楽しむイタリアでは、食事への子どもの関わり方にも特徴があるようです。時代の移り変わりとともに、イタリア人はどのように食事を楽しみ、大事にしてきたのか、お話を伺います。

―貝谷さんにとって、イタリア家庭料理の魅力はなんですか?

食事を楽しむ、大事にするというイタリアの雰囲気が、 とても好きです。イタリアは基本、カトリックの国で、キリスト教は食べること、愛情のある食卓を囲むことを良しとするからかもしれません。ここで言う食事を大事にするということは、決して、料理に手間暇をかけるという意味ではありません。現在は、イタリアでも多くの女性が働いていますし、かつてのようにずっとキッチンに立つ主婦の方は少ないです。それでも、食事の時間を楽しもう、という雰囲気はとても強くあると思います。

National Archives at College Park, Public domain, via Wikimedia Commons

―食べることを楽しむイタリアの気質を感じられた具体的な出来事があれば、教えていただけますか?

イタリアの場合、例えばキッチンに子どもも巻き込む、参加させるという場面がよくあります。パスタのゆで加減について、子どもに「ちょっとこれ食べてみて」といって渡す。子どもは、「ちょうどいいよ、ママ」と応える。もちろん、実質的に子どもが料理を手伝いしている訳ではないですが、参加感があるわけです。そうした家族の参加感が保たれたまま、料理するところから食べるところまでが一体化しているのがイタリアの食事だと思います。私の母は、しっかりと料理をする人でしたが、子ども時代にキッチンに入ることはあまりなかったので、新鮮に感じましたね。

ーイタリアの家庭料理との触れ合いを通じて、日本の子どもたち、また子どもたちに接する親世代に、どのようなことを伝えたいですか?

食は、身体や心を作るものです。その上で、自分で味を作る、ということは、すごく大事なことだと思うんです。今、様々な料理のミックス調味料が売られていますよね。青椒肉絲の素から、もやし炒めの素まで。もちろん、それを使うのがダメだという訳でなく、ケースバイケースだと思います。ただ、家にある調味料でできるものなら、自分で入れてみて、自分の味を作って欲しいな、と思います。

―自分で味を作ることが、なぜ大切だと思うのでしょうか?

それは、いつも均一じゃなくていいから、だと思います。家庭料理であれば、お醤油ちょっと、であっても、入れる量はその時によって変わります。細かく測らないですよね。測らなくても味を見て、足したりすればいい。それでいいはずなのに、ミックス調味料を使うと、豚肉何グラム、キャベツは何グラムといった具合に、それに合わせていかなければならない。そうやって、逆に縛られて窮屈になるのでは、と。

料理ってライブなんです。しょっちゅうやっていても、毎回同じとは限らない。ライブだからこそ、出来が悪いっていう日もあるし、逆にすごくいいって日もある。それが家庭料理です。

―日本のスーパーマーケットには、何々料理の素、といった出来合いの調味料がたくさんあります。イタリアは、その点どうでしょうか?

やっぱり、イタリアにもありますよ。例えば、ペペロンチーノの素といったようなミックススパイスとか。イタリア旅行の定番のお土産でもあります。ただ、日本ほどはないと思います。そうした違いの背景の一つには、日本だと料理に必要な調味料が多い、ということがあるかもしれません。和食には基本のお醤油、みりん、日本酒。定番のおかずの麻婆豆腐なんかは、作ろうとすれば豆板醤と甜麺醤がいるし、揚げ物にはソース…といった具合で、調味料がどんどん必要になる。イタリアは、オリーブオイルと塩、胡椒、ビネガー、これがあれば、ほとんどの料理が出来ます。バターも場合によっては使いますけどね。

―確かに、その点の影響は大きそうですね。食に対する意識の違いもあるのでしょうか?

イタリアに比較して日本は、料理を時短に、時短に、という傾向が強い気がします。ただこれは、共働きの上に、女性の育児や家事負担率が高いといった日本の事情ゆえというところも大きいと思います。ですので、時短の中で、料理を楽しむ気持ちを持っていただけたらなと思っています。

貝谷郁子(かいたに・いくこ)

和歌山県出身。上智大学文学部卒業。編集者として出版社に勤務の後、フリーランスに。さまざまな分野のエディター・ライターから、フィールドを食文化・料理に絞る。現在は食の世界360°というスタンスで活動。食エッセイ執筆からレシピ開発、商品開発、食育レクチャー、一般向けの料理レッスン、インバウンド向けの食文化料理レッスンなど幅広く手がける。イタリア語・英語を操る。著書は1994 年の1冊目の著書から29年で29冊。食紀行からレシピブック、ルポとレシピの合体本、食を核にした子ども向けファンタジーも。新刊は「パルミジャーノをひとふり〜イタリア旅ごはん帖」(亜紀書房) 「ちゃちゃっとイタリアン」(宝島社)