【わたしとイタリア】料理研究家・貝谷郁子さん~マンマの味~
「わたしとイタリア」では、イタリアに縁深く活動されている方々にお話を伺っています。前回からお話を伺っているのは、料理研究家の貝谷郁子さん。偶然のきっかけでイタリアと深く関わることになった貝谷さんが注目されてこられたのが、イタリアの家庭料理。イタリア人を語るうえで欠かせないマンマの味について、どのようにアプローチされてこられたのか、お話を伺います。
―貝谷さんは、イタリア料理の中でも、特に家庭料理に重きを置いて、取材や執筆をされています。なぜ、家庭料理に着目されたんでしょうか?
イタリアの料理人の方と話す機会がたくさんありましたが、皆さん、マンマ(お母さん)の味について、必ず言及されるんです。世界中のシェフにお会いしたわけではないですが、他の国に比べても、イタリアのシェフは必ずマンマの味が話に出てくる。基本がそこにあるということを、絶対に言い漏らさないんですね。また私自身も、レストラン料理を調べ歩くというよりも、イタリアの家庭で、日々どんな料理がされているのか、という点に興味がありました。
というのも、その当時の日本の書店に並んでいたイタリア料理の本といえば、日本でイタリア料理の草分けになった日本人シェフの方々による、ハードカバーの図鑑のような本がありました。非常に手の込んだ料理が、美しく撮影された本です。一般の人が家庭で作るのとは違います。その一方で、スパゲッティ100といった具合で、日本の料理としてのスパゲッティレシピの本なんかも出ていました。この二つのどちらかしかなかったんですね。
―イタリアの家庭料理に注目するという点では、貝谷さんは草分けでいらっしゃったんですね。
今はイタリアの家庭料理について、情報はいくらでも得られますが、当時は本当に、殆どありませんでした。ですので、1994年に発行された私の1冊目の本、『土曜日はイタリアン・キッチン』(宝島社)でやりたかったことは、イタリアの家庭でふだん食べられている料理と、イタリアの家庭や市場といった日常の食の様子を、1冊で紹介することでした。日本の家庭で気軽に作れるレシピにし、イタリアの様子を綴ったエッセイと合体させています。この本が発行された後も、一貫してレストラン料理よりは家庭の料理について、尋ね続けてきました。
―どのようにして、取材される方を見つけて、またアプローチされたんでしょうか?
最初の頃は、やはり人づてに紹介してもらいました。食について雑誌での連載もあったので、アプローチはしやすかったです。例えば取材先のオリーブ農家の方から、「面白いチーズを作っている人がいるよ」と聞いたら、紹介して頂いて取材をする。今度はその取材先で、「うちの従業員のお母さんは、手打ちパスタが物凄く上手なんだよ」って聞いたら、ぜひ取材させてくださいってお願いする。そういう形の積み重ねで、いろいろな方とお会いしました。
―人から人へ、という繋がりが大きいんですね。
そうですね。あと、私はほとんどの取材を一人で行うんですが、写真も自分で撮影します。なので、取材を受ける方々もあまり身構えない、ということもあったと思います。取材慣れしているシェフの方ではなく、一般の方が対象ですからね。私が一人で行って、食べ物の話を伺ったり、ちょっと撮影させてください、味見させてください、といった具合で、割と距離感近くコミュニケーションしながら取材することができました。(つづく)
貝谷郁子(かいたに・いくこ)
和歌山県出身。上智大学文学部卒業。編集者として出版社に勤務の後、フリーランスに。さまざまな分野のエディター・ライターから、フィールドを食文化・料理に絞る。現在は食の世界360°というスタンスで活動。食エッセイ執筆からレシピ開発、商品開発、食育レクチャー、一般向けの料理レッスン、インバウンド向けの食文化料理レッスンなど幅広く手がける。イタリア語・英語を操る。著書は1994 年の1冊目の著書から29年で29冊。食紀行からレシピブック、ルポとレシピの合体本、食を核にした子ども向けファンタジーも。新刊は「パルミジャーノをひとふり〜イタリア旅ごはん帖」(亜紀書房) 「ちゃちゃっとイタリアン」(宝島社)