レッジョ・エミリア・アプローチにおけるドキュメンテーション~「子どもたちの100の言葉」~

イタリア北部エミリア・ロマーニャ州レッジョ・エミリア。この都市は、レッジョ・エミリア・アプローチという幼児教育の手法で、昨今注目を集めています。幼児教育や、ドラマ/演劇教育、乳幼児/児童演劇を専門に研究してこられた小林由利子さん(明治学院大学教授)に、レッジョ・エミリア・アプローチの背景にある考え方について語っていただきます。
/ 文・小林由利子、構成・コムーネ編集部
大学の卒業論文のテーマは、モンテッソーリ教育における感覚教育でした。イタリア語は、全くわからないのに、文流で『モンテッソーリ・メッソド』のイタリア語のマイクロフィルムを購入しましたが、結局宝の持ち腐れになりました。でも、まだイタリア料理店がほとんどなかった時代に、文流のイタリア文化に触れて、うれしかったことを覚えています。

2001年に再びイタリアの幼児教育に興味を持つ体験をしました。それは、1991年にニューズウィーク誌で「最も革新的な幼児教育」として紹介され、その後「子どもたちの100の言葉」という展覧会が、世界各地で開催されたことです。東京のワタリウム美術館でも2001年4月28日から6月24日までこの展覧会が開催されました。初めてレッジョ・エミリア市立幼児学校で行われている幼児教育に触れ衝撃的でした。内側に鏡が張られた横倒しなった三角柱の遊具、下からライトに照らされたライト・テーブル、さまざまな写真と活動記録のポスター、色鮮やかな子どもの絵、オーバーヘッド・ライトを使った影絵など、今まで見たこともないモノばかりで圧倒されました。レッジョ・エミリアでは、子どもの感性と知性に働きかける斬新な幼児教育をしている、と感動しました。

最近、授業で海外の幼児教育について講義をすることになり、再びレッジョ・エミリア・アプローチについて考えています。さらに、幼児教育の理論・実践研究会でレッジョ・エミリアについて本を読んだり、レッジョ・エミリア・アプローチを実践する日本の幼児教育施設の実践報告を聞いたりして、レッジョ・エミリアに再会することになりました。レッジョ・エミリア・アプローチの創始者の一人であるローリス・マラグッツィは、「子どもたちの100の言葉」という詩で、レッジョ・エミリアが目指している幼児教育を表現しています。
子どもには 百とおりある
子どもには 百のことば 百の手 百の考え 百の考え方
遊び方や話し方
百いつでも百の聞き方 驚き方 愛し方
歌ったり 理解するのに 百の喜び 発見するのに 百の世界
発明するのに 百の世界 夢見るのに 百の世界がある
子どもには 百のことばがある
…それからもっともっともっと…
けれど 九十九は奪われる
学校や文化が 頭とからだをばらばらにする
そして子どもにいう 手を使わずに考えなさい 頭を使わずにやりなさい
話さずに聞きなさい ふざけずに理解しなさい
愛したり驚いたりは 復活祭とクリスマスだけ
そして子どもにいう 目の前にある世界を発見しなさい
そして百のうち 九十九を奪ってしまう
そして子どもにいう 遊びと仕事 現実と空想 科学と想像
空と大地 道理と夢は 一緒にならないものだと
つまり 百なんかないといういう
子どもはいう でも 百はある
ローリス・マラグッツィ 田辺敬子訳
マラグッツィの言葉は、子どもについて、学生たちとのかかわりについて、「遊び」について、教育について、自由について、民主主義について、広場について、改めて考えるきっかけになっています。レッジョ・エミリアにおける第二次世界大戦以降のレジスタンス運動の歴史が、個の自由と個の連帯を重視し、幼児学校が公共の広場であり、市民が出会う場である、という考えの基盤にあると思います。レッジョ・エミリアの幼児学校には、必ず中央に広場があります。

そして、レッジョ・エミリア・アプローチでは、「子どもたちの100の言葉」を実現するために、「ドキュメンテーション」を実践しています。「ドキュメンテーション」とは、子ども達の会話や行動、その日の活動内容などを記録し、目に見えるようにするものです。しかしこれは、単に子どもの言葉や行為を記述し、保育を振り返るための記録文書ではありません。これは、同僚や子どもたちや保護者たちが対話し、相互に学びを深めるための資料であり、子どもたちが自分自身の学びの軌跡をたどり、確認し、発見し、自己修正の機会を得るためのものです。「ドキュメンテーション」は、子どもたち、保育者たち、保護者たち、コミュニティーの人たちが、対話を通して、お互いに学びを深めていくための重要な役割を担う媒介であると思います。
こばやし・ゆりこ
東京生まれ。東京学芸大学大学教育学部幼稚園教育教員養成課程卒業・同大学院教育学研究科修了。イースタン・ミシガン大学大学院演劇学研究科子どものためのドラマ/演劇MA・MFAプログラム修了、立教大学大学院文学研究科博士課程後期課程在学中。専門は、幼児教育、ドラマ/演劇教育、乳幼児・児童演劇、教員養成。20歳のときイタリアにはじめて訪問して以来イタリア文化の虜になる。現在、ラ・バラッカ劇団、イタリアの乳幼児演劇、レッジョ・エミリア市で実践されているドキュメンテーションについて調査・研究中。川村学園女子大学、東京都市大学を経て、現在、明治学院大学心理学部教育発達学科・同大学院心理学研究科教授、東京都市大学名誉教授。主著は、『ドラマ教育入門』(2010)など。